ブログの中断と再開

なにか明確な理由があって、ブログを中断していたわけではなく、
なんとなく書かなくなってから、気が付いたら書くきっかけをなくし、
今日にいたってしまいました。

あえて理由を挙げれば、
仕事や、育児や、日常で、なにか不都合があっても
「障害」を理由にしたくなかった。

逃げ癖がある私の、言い訳材料にしたくなかったんです。

聴覚障害のせいで本当にできないこともあるけれど、
がんばればできることも耳のせいにして、周りに甘えてしまうこともあったので、
あまり「障碍者」の自分を意識せず、障害の有無に関係なく、
自分なりに勝負してきました。がんばってきました。


なんとなく、本当になんとなく、
コメント欄を通じて交流してきた方々を思い出したんです。

なんでですかね。オリンピックがあったからでしょうか。
そして、また今の気持ちを書いてみようかなという気になってきました。


思い返せば、このブログを始めたきっかけは、
「障碍者の自分」を書くことで、自分のアイデンティティが再構築できそうだったから。

怒ったり、泣いたりしながら、感情のままに書いてきました。
書くことで、気持ちの整理がついたり、
色んな方からのコメントで発見がありました。本当に助かった。

でもその一方、何度も同じようなことで悩んでる自分がちょっと嫌になってきたんですよね。
書いてて、「またかよ」って。
自分も周囲も変化がないみたいで、嫌だなって。

だからブログから距離を置きました。

今は、激しい情動に身を任せるでもなく、
自分の心を無視するでもなく、
変な使命感を背負うでもなく、
等身大で書けそうな気がします。


たぶんね。


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 相変わらず寒いですね。
 
 寒波が厳しかった冬がようやくあけて、暖かい日が続いてますね

 冬物やっと片付けようと思います。


…と、書きかけて下書き保存した記事がゴロゴロと。

改めて近況もかねてご報告。

最近は、あまり難聴のことで悩む時間も少なくなってきました。
今まであんなにうじうじしていたのがウソみたいに。

難聴という事実も、周囲の対応も変わったわけではないのですが、
仕事のこと、子供のことを考える時間が増えてきたこともあるし、
だんだん心が「タフ」になってきたんだと思います。
打たれて打たれて鉄のようになってきました。


あ、あと美容院行ってきたことも大きいかな。

難聴になってからずっと我慢してきたことの一つが、美容院に行くこと。

美容院に予約の電話を入れることも、
筆談をお願いすることも、
なによりカットなどされているとき、どうしてたらいいのか想像ができず怖かったです。

でも、勇気を出して行ってみてよかった(*^_^*)
セルフカットより当然きれいだし、
ちゃんと筆談もしてもらえたし、
あんまりにも普通に対応してもらえたので、肩透かしくらったくらいでした。


髪切ったら、悩んでたこととかも一瞬どうでもよくなっちゃいました。


美容師さんに「筆談ってめんどうじゃないですか?」って聞いたら、
「お客様に対してそんなこと思わないですよ。
 むしろ筆談してほしいって言ってもらえて助かりました」とのこと

美容師さんから筆談を提案するのは失礼かもと躊躇してしまうから、
もし聞こえづらくて困っている人はどんどん自分から言ったほうがいいかも。
伝える側も伝わらない辛さがあるそうだし。

美容師さんはテクニックはもちろん、
接客技術やサービス精神も求められる仕事だから、
筆談を断られることなんてほとんどないと思います。

だから、何度も筆談を断られたり、嫌な思いをしてきた私でも
また行きたいな〜と思える場所になりました。

女性って、髪型が決まったり、メイクがうまくいったり、好きな服を着ているとき、
テンションが上がったり、気分がよくなったりしません?

今までは聴覚障碍者だからと尻込みしていたけれど、
難聴になる前のように、気分転換したいときには美容院に行きます。

友達とお茶したり、飲みたくなったら、遠慮せず誘います。

聞こえてないことは恥ずかしいことじゃなくて、
相手と自分のためにちゃんと伝えます。

ちょっとずつ、自分のペースで、自分のしたいことを取り戻せていけたらいいな。

と、美容院行ってだいぶご機嫌なのでした。
我ながら単純だと思う。いい意味でね。


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外出しようとするとき、
誰かに会おうとするとき、
新しいことにチャレンジしようとするとき。

いつも、この言葉を思い出します。
「できない理由を探すな」


聴覚障害だから、人に会いたくない。人と話すのが怖い。
これってい言い訳? 甘えてる?

「ちゃんと聞き取れないから、行きたくない」というと、
「今、こんな風に話せてるから大丈夫だよ」と言われます。


でも。普通の人のように聞こえてるわけじゃない。


病院で、名前を呼ばれていることに気付かず、
ずーーーーーーーと待たされたこと。
仕方のないので、神経を張りつめて、
雑誌に目を通すことも、ぼーっとすることもせず、
看護師さんの動きを注視なきゃいけない緊張感。


園や学校、地域の集まりや職場で、
自分だけ会話に入れない疎外感。寂しさ。情けなさ。

勇気を出して、筆談を頼んで、断られるせつなさ。

筆談に応じてもらえても、
もう一度繰り返し話してもらっても、
会話を止めてもらうことへの申し訳なさ。


これって、言い訳なのかな?
だから、人に会いたくないって弱音を吐くのは甘えなのかな?


さて、今度はもう一個、言い訳が追加。

10年くらい会ってない友人の結婚式二次会。
行きたくないと断言できれば楽だけど、
そんな不義理なことはできないし…。

耳が聞こえていた時の友人に会うには勇気がいる。
昔と変わってしまった自分を知られたくないし、言いたくない。

もし、もしも、
会って、話して、お互いにがっかりしてしまったら…。

思い出はキレイなままに残しておきたい。


「壁は乗り越えれば、自分を守る盾となる」(ケツメイシ)
乗り越えるってしんどいわ〜。

「人生転ぶことは恥じゃねぇ
起き上がらないことが恥なんだ!!」(両津勘吉)
まだ倒れて起き上れてないのかな、私は。


http://www.yomiuri.co.jp/adv/award/yaa/create/27/05.htm

読売広告大賞で、同じ景色でも違う感想を持たせる広告。
一枚のガラスで、世界は大きく変わる。
そんなガラスが私もほしい。



聞き耳を立てるあわせて読みたい聞き耳を立てる
  矢印人工内耳をつけて行った病院の感想
  矢印難聴者が雪道で会話すると、こう聴こえる。
  矢印難聴で友達は減っていくのか?
  矢印聴覚障碍者でも、PTA役員になるの?

パッド


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寒波も一時よりはおさまってきた気もしますが、
朝、車のフロントガラスの氷をお湯で溶かしたり、
車内に入るために雪堀しなければいけないので、
本当に、春は来るの〜? サクラは咲くの〜?

でも、暦の上ではどんどん春になっているんですよね。
うちの子も、もうすぐ小学生。
そして、入学説明会がありました。

行く前から憂鬱。

保育園ですら、保護者が集まると、人のざわつきで聞き取りにくくなるのに
小学校なんて、さらにたくさんの人、人、人。

おまけに、保育園の先生たちは聴覚障害のことも理解していて
いろいろと気遣ってくれたり、私も質問やお願い等しやすかったのに、
新しい先生、新しい保護者。またイチから説明とカミングアウトが必要なのね(T_T)

しかも、今回はPTA役員決めまで。


あ〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜叫び

コミュニケーションがとりにくいのに、
どうやってPTA会議などの打ち合わせできるんですか!!
聴覚障害は役員ができない理由になるの?!
それとも、言い訳して役員逃れしようと思われる?

と、入学説明会の案内が来た日から、ずっともんもんもん。


入学説明会の前日。
悶々としたまま、職場のロッカールームで、ため息ひとつ。

お子さんが高校生の同僚がいたので、
「明日、入学説明会でPTA役員決めがあるんです。
 耳のこともあるし、今から気が重いです〜〜〜〜〜(T_T)」
と相談したら、一人に相談していたはずが
いろんな子育ての先輩が集まってきて、解決策を教えてもらいました。
ありがたや〜。

気が付くと1時間程経過時計
アレコレ話したのですが、結論だけ書くと
 ・PTAは低学年のほうが楽だし、立候補ですぐ決まるかも。
 ・決まらなくても、正直に自分の耳のことを話して、
  「今年は様子を観させてください」とお願いしてみれば、角は立たないはず。
 ・もしカミングアウトできなくて、じゃんけんに負けて役員になったとしても、
  学校の知り合いができて、いいこともあるよ。

ということでした。
具体的に、こう話せばいいよということまで教えてもらえて助かりました。
でも、一番よかったのは、「どうにかなるかな」って自信が持てるまで
話を聞いてもらえたことかも。本当に感謝です。

この場を借りて、皆様、ありがとうございますm(_ _)mハート

「悩みはためこまず、話すこと」ハート

ブログをまたボチボチ書き始めて再認識しているのが、
悩んで、自分の中にため込んでいるのが一番よくないということ。
誰かに聞いてもらって、共感してもらったり、大丈夫だよって言ってもらうことで、
もう悩みは半分以上解決している気が・・・。

ちなみに、PTA役員にはならずに済みました(*^_^*)
もう少し学校生活に慣れてきたら、
日頃、いろんな人にお世話になっている分、なにか貢献したいな〜。


聞き耳を立てるあわせて読みたい聞き耳を立てる
  矢印人工内耳をつけて行った病院の感想
  矢印難聴者が雪道で会話すると、こう聴こえる。
  矢印難聴で友達は減っていくのか?
  矢印9月9日は人工内耳の日(人工内耳手術から一年9カ月で思うこと)


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今の自分と、友達に。

保育園でのママ友が〜という記事を書いて、
コメントでみんなに慰められてから、少し明るくなったおかげか、
職場の同僚から「ランチいかない?」「飲み行かない?」というお誘いをうけて
どぎまぎしています。

社交辞令だろうな〜と思っていたのに、
「携帯教えて」「メアド交換しよう」という流れになって、
「いつ空いてる?」「うるさくない店とか、オススメのお店知ってる?」と
本気で遊ぶ気がある様子。

で、嬉しいと同時に、困ってます。

誰かと仲良くなる方法なんて、ほんと、忘れてたというか、
自分には縁がないんじゃないかと思ってたので、どうすればいいんだろうと。
思わず、旦那に相談したら、「普通に友達と会う気持ちでいけば?」と。

いや、まったく、その通りだとは思うんですが、
初デートよりも緊張するというか、シミュレーションをしないと行けなそう。

店員さんの声聞こえなくても代わりに対応してくれるかな、とか、
店内のBGMがあまりに大きかったら、筆談してくれるかな、とか、
アレコレアレコレ…。




「今の自分」を受け入れられなくなることが、時々あるけれど、
そんな自分を必要としてくれたり、受け入れてくれている人の「存在」だけで、
「まいっか。」と思えてくるから、ふしぎ。


私が仲良くしている人は、
難聴になる前から知り合いの人ばかりなので、
「聴覚障碍者の自分」しか知らなくて、
それを受け入れてくれる友達を作るのはいいことなのかも。

と難し事は考えすぎず、楽しんで来よう。

聞き耳を立てるあわせて読みたい聞き耳を立てる
  矢印難聴で友達は減っていくのか?
  矢印仕事中の電話
  矢印聴覚障碍者でも、PTA役員になるの?


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キッチンと、ばななと、つぐみ。

人生とは何か?
私とはだれか?

年甲斐もなく、いまだにこんな青臭いことを考えてしまう。

昨日、吉本ばななの『キッチン』を読んだ。
有名で、賞もとっていて、たくさんの人がおすすめしている本。

それなのに、
だからこそ。
「かつての」ベストセラーだとあなどって、
発行された1988年とは今は違うから。
そう思って、今まで読まなかった。


私が、吉本ばななを読まなかった決定的な理由。
中学か高校の頃、国語の問題集にでてきた『TUGUMI』。
その頃の私は、受験勉強の癒しを国語の問題集に求めていた。
なにかの小説や随筆、論文を一冊全部読む時間はなくても、
その切り取られた一節を読むだけで、その世界に没頭し、
現実逃避ができた。
ところが、これはどうにもつまらなく、
つぐみがちっとも魅力的にうつらず、
吉本ばななは、自分と相性が悪いんだな、そう思ってここまできた。


そんな私がこの本を手に取ったのはほんの偶然。
帰りの電車で読むのにちょうどいい厚さの文庫本だったから。
それだけの理由。

なのに、
バレンタインのチョコを作って、眠くなりながらラッピングして、
寝たいのに、続きが気になって読んで、結局、午前様。
それでも飽き足らず、読んだ興奮が醒めぬ前にこうして読書録を書いている。


でも、重くなった瞼とは裏腹に、心は軽くなった。



私の青くさい悩みは、ゆるやかな熱で溶かされて、
解決してはいないけれど、
いますぐ答えを求めなくてもよくなった。

登場人物たちが、少しずつ癒され、
自分の位置を確認していく作業のように、
わたしもそうすることを赦された気分だ。

救いのあるラストにほっとしたのは、
てっきり登場人物たちに肩入れして、
ゆりこさんや祖母目線で、みかげや雄一の行く末を案じていたからだと
思っていたけれど、

本当は、
ゆりこや雄一にいつの間にか自分を重ねていたみたいだ。

もっと前に読んでいたらよかったかも。
主人公と同じくらいの年に。


いや、そのときに読んでいたら、きっと嫉妬していたかも。

二人で一つのような、みかげと雄一に。
失ってしまったとはいえ、絶対的な保護者がいたことに。
人とはずれても「自分」をもっていることに。

そっちに気を取られていたら、
このカタルシスは得られなかったかも。


でも、やっぱり、この文章の雰囲気を知らなかったのは損かな。

いつか、息子が思春期を迎え、
青臭い悩みを抱える時期が来たとき、
優しさや孤独、喪失と再生の意味を知り始めてもいい頃、
いつでもこの本を読めるように、本棚においておこう。


聞き耳を立てるあわせて読みたい聞き耳を立てる
  矢印コウモリのジレンマ
  矢印浅田真央の鐘の怒りはどこへ
  矢印ネガティブなこと書きます。


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すっぱいぶどう

振り返ってみると、
人から遠ざかってしまう一年でした、去年は。

いろんな嫌なことを、
障害のせいにも、病気のせいにも、運命のせいにもしたくなくて
その結果、逃げ場がなくなって、
「嫌なこと」の原因になりうるものを排除して、
その結果、人から遠ざかってました。


保育園のママとも、もっと話したいし、聞きたいこともあるだけど、
どうしてもこう考えちゃう。 

  わたしなんかが話しかけていいのかな…、

 聞き取れなかったらどうしよう…、きらわれる…、


超マイナス思考からどうしても抜け出せず、
「疲れてるママ」「不機嫌ママ」「興味なしママ」のフリをして、
話しかけるなオーラをぷんぷんさせて、
誰とも話さないのは、あえてそれを選択している素振りをしてました。

振り返ってみると、何のためだったんだろう。


きっともう、これ以上は傷つきたくなくて、
傷つく前に頑丈な壁を作って安心してたんですね。
でもって、それを誰かに壊してもらおうと、夢見てた。


人と話さないからか、どんどん口角は下がるし、目つき悪くなるし、
いつの間にか、「フリ」じゃなくて、本当に性格悪そうなママになってきてるかも…。

と、鏡を見ていて気付きました。



聞き耳を立てるあわせて読みたい聞き耳を立てる
  矢印コウモリのジレンマ
  矢印浅田真央の鐘の怒りはどこへ
  矢印ネガティブなこと書きます。


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昨日は職場の飲み会でした。

良かったことは、以前よりも飲み屋でも聞き取りやすくなっていたこと。
イマイチなことは、単語はわかるけれど会話の流れがよくわかんなかったこと。

最近は聞き取りの調子がよくて、
昨年の秋くらいに受けた「聞き取り検査」?っていうのかな、
スピーカーから聞こえる男性の声を聞こえたままに話す検査結果は

 文章 95%
 単語 90%
 単音 85%

騒音を混ぜた検査も、ほぼ同じ数値でした。
普段から耳鳴りの中で「音」を聞いているから、
騒音の有無は関係ないということなんでしょうか。。

検査してくれた人や先生は「すごい!」とおっしゃっていて
「新潟で一番よく聞こえている。」と、お墨付きももらえてうれしい反面
自分の中では100%いけるんじゃないかと思っていたので、ちょっと悔しい。

それはともかく、最近は
普通の人と同じスピード、同じ声の大きさ、同じ文章量で、
会話していることが多くなってきたと思う。

ただそのせいで、今回の飲み会は、普通の人と同じように扱われて。。。
前は、誰かが「今はこんな内容の話」とか「○○さんって、こうなんだって」とか
要所要所でサポートがあったのにな〜。

自分から「今、どんな流れですか?」って聞けばいいんだけど、
聞いたら、そこから話ふくらませなきゃだし。
話の流れがわからないまま、要点だけ聞いて、
会話を盛り上げるスキルなんかないっちゅうねん。


お酒の力でいつもより饒舌で早口になってる同僚たちを眺めながら、
みんなが笑っているとき、一緒に愛想笑いして、
食べてるからしゃべれませんみたいな空気作って、
「にぎやかな場所で、不特定多数の人の会話を聞き取る」訓練だと自分に言い聞かせて、飲み会を乗り切りました。

障害があってもなくても、飲み会がしんどい人は一定数いるだろうし、
前よりも居心地の悪さとか、疎外感は感じなくなってきているけれど、
なんだろう、このむなしさは。。。

他の人工内耳の人たちと飲んだときは、楽しかったのにな〜。
飲み会は3名以下がいいな〜。

せっかく、もっともっと
職場の人たちともっと仲良くなれるチャンスなのにな〜。


・・・と、久々のブログで愚痴を書いてしまいました。


さて、すっきりしたところで今日は子供の園行事。
こっちはこっちでがんばりますか!!



聞き耳を立てるあわせて読みたい聞き耳を立てる
  矢印コウモリのジレンマ
  矢印浅田真央の鐘の怒りはどこへ
  矢印ネガティブなこと書きます。


【カテゴリー:聞き取り検査とマップ】  |t.0 |comments(0) |▲TOP▲|

9月24日

大人になるにつれ、
素直にだれかを信用したり、尊敬することは少なくなったように思う。


ぽっかりと穴が開いたようだ。

その暗い穴をのぞいてみたら、
今までもらってきた優しさや信頼がみえた。

特別な言葉があったわけじゃない。
ただ、そこにいてくれただけだ。

なのに、失って気づいた。
大きな大きなあたたかさを。

自分が思っていたよりも、
そして本人が思っていた以上に、
ただそこにいてくれたということだけで、
大きく支えられていたのだ。

私を認めてくれる存在だというだけで、
それだけで、ありがたかった。

大切な人を失うことは、
もう二度と、好きだといってもらえないこと。

大切な人を失うこととは、
もう二度と、好きだと伝えられないこと。


優しさを思い出してすがってみても、穴は広がるばかり。

せめて、
ほめてもらった長所や特技をくさらせないように、

前を向いて生きることが、
それだけが、ただ唯一、私にできる供養なのかもしれない。



【カテゴリー:心と体の健康法】  |t.0 |comments(4) |▲TOP▲|

10回目のマッピング

放置気味ですが、それがナニカ?
…って表現、昔、流行りましたよね〜。

あまりに放置していますが、せめて人工内耳の記録はしっかり書かないと。

え〜と、春くらいに10回目のマッピングを受けました。
あまり調整の必要がないくらいよく聞こえているということで、半年に1回ペースです。

で、前回の秋、実験的につくったマップ。
聞き取る音の上限をあげたもの(70db⇒85db)数値うろ覚えだったけどこんな感じ。

上にも書いたように、よく聞こえているので、
音の上限をあげたら、さらに音の大小がわかって、
音の方角が分かったり、リアルな音に聴こえるんではないかと期待したものでした。

で。その結果。



「イマイチ」。
音の大小はそれほど違いを感じず、(あまり大きな音を聞かないから?)
そのくせ、音は全体的にざらついて聞こえました。



で、このマップは使わないことに。
その後、いつもどおり、「聴こえ始め」と「うるさすぎ」の音の聞き取りをした結果、
「聴こえ始め」がだいぶ下に移動してました。

というわけで、聴こえ始めが下に移動したマップを作ってもらったんですが、
「う〜〜〜〜〜〜〜ん」

前のマップを結局、使うことが多いかも。

音の幅(上下値?)を広げると、そのせいで音が全体的にざわつく気がします。
でも、いいこともあって、その分、雑音が減ってる聴こえるようなときもあります。

うまく2つを状況に応じて使いこなせればいいんだけど、
なかなかどのときにどっちがいいのかわからない状況です。

でも、私的には、
パソコン操作しながら、テレビのニュースを耳で聞いて、内容を把握できるくらいまで
達したので、割と満足。
これをずっと維持できていければいいな〜(切実)


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