難聴で、友達は減っていくのか?

難聴になってから、友達は減った?

仲良くさせてもらってる方のブログや掲示板で話題に挙がっています。

読んだ時、正直「あちゃ〜涙」と思いました。
私の中で現在進行形の悩みで、解決法も対処法もイマイチ分からず
今後そんなものがみつかるかどうかも…。

『難聴でも、みみべ〜はみみべ〜。ずっと友達だよハート
旧友は、そんな風に言ってくれるけれど、
すごく嬉しい言葉なんだけど、正直、違和感を感じている自分がいます。

私は…。申し訳ないけれど、そうは思えなくなってしまいました。
だから「友達は減っていくのか。」の答えは「YES」です、残念ながら。
相手が去っていくのではなく、私から距離を置いています。傷つきたくないから。

でも、せっかくのいい機会なので、
なぜ友達が減って、今後どうしていきたいのか、書いてみます。


まず、この難問をほぐすキーワード
■「健聴者と難聴者の見えない壁(線・バリア)」
■「聞き取りには、多少の精神的ストレスがかかる」

更に付け加えたいのが、
■「好きだからこそ、嫌われたくない」
■「聞きたい意志と、実際の聴力は比例しない」


今、難聴耳の私が会う友達は、ほとんど地元・新潟の友達。
会うのを躊躇してしまう友達は、大学時代や働いてた時の東京の友達。


新潟の友達とは、
1対1のときもあれば、4、5人のグループで会うこともあります。
人工内耳を付ける前の失聴時も、私が用意した筆談ボードのほかに
それぞれがノートを持ってきて、各々話したいことをノートに書いてくれました。
表現するならば、チャットの紙バージョン。
普通、複数で筆談するときは、どうしても筆談してもらえない部分がでてきて
孤独感を味わうと思うのですが、不思議とこの方法はうまくいってました。


逆に、人工内耳をつけて、複数で会話する方が悩みは増えたかも汗

人工内耳の聞き取りは正確に相手の言葉を聞き取れるわけではないのに、
口話と読唇に頼って情報を受け取っています。
筆談のときだったら、書いてもらえば相手が伝えたい情報は100%伝わってきた。
でも人工内耳だと、どこまで聞こえていたのか相手は確認できないし
私も分からないから、曖昧な情報として入ってくることが。

そこで聞き返せばいいと思うのは、健聴者の方の意見ですね。
聞き返しても、聞こえない確率が高いのに、場の雰囲気を壊してまでは聞き返ません。
そのまま、話を理解できないまま会話が進むことがしばしばあります。
もちろん、仕事の場など絶対ミスが許されないときは聞き返しますが、
友達同士の会話って、
「誰がいつどこで何がどうした。」という厳密さよりも、
「あのときさ〜、楽しかった〜。」というファジーな盛り上がり。
場が盛り上がれば盛り上がるほど、聞き返す難易度は高くなります。


でも、それは、筆談に頼っていたときでも同じ状況でした。
相手が伝えたいことを全部書いてくれていたわけではなく、
文章にしたほうがいいと、相手が判断した情報量だけを書いてくれてました。

だから、他愛のない雑談などは「たいした話じゃないから〜」と流されて、
それが聞きたいのに…と、一人ぼっちの疎外感涙


そのため、複数で話していて、自分だけが聞きとれない孤独は
もう慣れたというか(本当は慣れてなくていっぱい愚痴ってますけど)
皆が楽しそうにしてれば、私も楽しい…かもって思えるようになってきました。
…いえ、まだ、そこまでは悟れてないですね、そう思う方向にもっていってます。


さて、じゃ、何が悩みかというと。
聞こえやすい人の声と、聞こえにくい人の声の差がはっきり分かれてしまうことです。

例えば、Aさんの声は聞き取りやすくて、Bさんの声は聞き取りにくい。
Aさんの話には迅速に対応できるのに、
Bさんの話には対応が鈍い。もしくは何度も聞き返してしまう。
そうなると自然にAさんとばかり会話をしてしまうようになります。
自分が話の輪から外れるのが嫌だったのに、
今度は自分からBさんを除外してしまう皮肉。

これって聞き手の私にも、話し手の友達にもどうしようもない。
どうしようもないのを知ってるから、Bさんの話には
「そうなんだ〜」「本当に〜」「へ〜」と、適当な相槌でお茶を濁して、
周りが笑ってるタイミングで笑って、
場の雰囲気を壊さないよう、へらへら微笑んで、
特定の誰かの声だけが聞こえないことを悟られないようにしています。

友達と日頃のストレスを解消するために会ってるはずなのに、
なぜか、疲労感が残ってしまうなんて…泣く
そんな2つの悩みがあるので、友達とは元気な時にしか会いたくないですね。


難聴のこと、人工内耳のこと、自分の聞こえ方のことを
たっぷり説明していて理解してもらっている気の新潟の友達ですら
こんな風に感じるのに、東京時代の友達なんて会うのはちょっと…。

たぶん、今まで私以外の難聴者に会ったことがないはず。
会っていたとしても、おそらく老人性難聴タイプ。
補聴器の音量を上げれば聞こえる認識だと思う。
音が小さいのではなくて、歪んで聞こえる。

これってなかなか実感してもらいにくいですよね。
私自身、自分がこうなるまで、こんな世界があることを知りませんでした。

それを健聴時の私のことしか知らないのに、
聴覚障害の私を受けれ入れてもらえるのかなぁ。


難聴になって「もう一回言って」とお願いする機会が増えましたが
この言葉を口に出す時、すごく勇気が要ります。

「聞き取れるかな?」「会話の流れ止めてごめんね。」
そんなことを考えてる緊張が、相手にも伝わり、どっちも身構えて重い空気に。

そして、
この空気、耐えられない…。
こんな思いをするなら、もう、会いたくない…。

はい。負のスパイラル突入〜吹き出しです。
笑顔でさりげなく聞き返せば、微妙な空気にはなりにくいんですけどね。

聴覚障害になってから、聞こえない分、他の五感もフル活用するようになりました。
だから相手のちょっと戸惑った表情や空気に敏感に反応してしまいます。
相手にとっては微かな「ん?」位でも、こっちでは10倍くらいに大げさに伝わってきます。
被害妄想なんだと思うんですが、聞こえないせいで体験した嫌な思いが
余計に拍車をかけている始末で、自分じゃどうしようもないんです。はい。


難聴(失聴)耳になってから知り合った人に
自分の耳のことが理解してもらえず(カミングアウトできず)
会話が盛り上がらない、仲が深まらないことは
私の中である程度、諦めがついています。
きっと、耳が聞こえていても仲良くはできなかったかも…って。

でも!昔からの友達はそうはいかないんですよね。
だって、現に仲良くしていた時期があるんだから。

お互い意思疎通を図りたいのに、聞き取れない。
好きな人だからこそ、大事な友達だからこそ、聞こえなかったときの反応が怖い。
自分のせいで、関係が壊れてしまうのが怖い。
楽しかった青春時代の思い出まで汚されてしまうような錯覚さえ覚えます汗


そこで、私の気持ちの切り替え方としては、
就職や、結婚、出産、引越しなどで疎遠になってしまう友達がいる。
一緒だった時期と違って、環境の変化で考え方が変わってしまう友達もいる。
これは、難聴でもそうでなくても起きうること。

だから、去る者は追わず。
(いや、自分から遠ざかっているんですが)

今の状況で、楽しく話せる人と仲良くするのがベストかな…と。



こんなに色々と悩んでいても、実際に会ってみると
すんなり話せたり、聞こえなくてもまいっかって雰囲気になったりもするんですけどね。


長くなってきたのでそろそろまとめると、
聞き取りストレスがかかるので、
会いたいな〜って思う人は、確実に減りました。
でもその分、大事にしたい人との絆は深まりました。
そんな風に一人ひとりを大切にしていきたいと思います。

月日が経てば、今は会いたくない・会えない友人にも
会いたいと思える日がくるかもしれません。
そんな日が来ても来なくても、それはそれでいい気がします。矢印


聞き耳を立てるこんな風に話してくれると助かる聞き耳を立てる
  矢印人工内耳をつけて行った病院の感想
  矢印耳マークついてる病院に行ってきた
  矢印歌うように話す美声の人が苦手です。
  矢印難聴者が雪道で会話すると、こう聴こえる。
  矢印人工内耳から1年。実際に1年間で聞こえる音・聞こえない音はこんな感じ
  矢印難聴で友達は減っていくのか?


  矢印人工内耳装用から1年。語音聴力検査(聞きとり検査)しました
  矢印語音聴力検査の結果と、最近の聞こえ(人工内耳手術から一年半)
  矢印マッピング(人工内耳手術から一年半)
  矢印仕事中の電話
  矢印9月9日は人工内耳の日(人工内耳手術から一年9カ月で思うこと)


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コメント
ぜ〜んぶ、うんうんとうなずきながら読みましたよ〜。

ホントに言われる通りです。

失聴時、複数で筆談しながらおしゃべりしてくれるお友達って、いいお友達をお持ちですね。

私はやっぱりまだ耳に頼っておしゃべりしてるので
聞き取りやすい声の人とは楽しくおしゃべりできるので
それは大切にしたいな〜と思います。

こんな聞こえじゃ相手に迷惑、とかも思ったりするけど
やっぱり自分を一番に考えるのがいいかな〜と思います。
自分にストレスがかかるお付き合いは、自然と「一抜け」していってます。

この前のホテルで宿泊した友人ですが
複数ではこれが最後にしようと思うと伝えたら
「そんな辛い事言わないで〜、筆記だってなんだっておしゃべりできるじゃない、また会ってね」と言ってくれました。
こちらが「一抜け」してそのまま自然と離れていく場合もあるし、相手に寄って、それでもお付き合いが続けさせてもらえることもある。

そのときそのときの状況に合わせてやっていけばいいかなと思います。

今までの友達はどうしても減っていってますが
でも聴覚障害の友人は間違いなく増えていってて
みみべ〜さんも大切な友人です。

こうやってお話させていただけて感謝しています。
  • ぷーどる
  • 2010/03/10 9:39 AM
それぞれの生活環境の違いによって生活クオリティーの質ってずいぶん違ってきますよね。

皆さんとネットを通して知り合えたことで、
自分を取り巻く友人や仕事の環境がいかに恵まれているかを実感
しています。
感謝しなければと改めて強く感じています。
  • 西
  • 2010/03/10 11:16 AM
みみべ〜さん、こんにちは。
私が投げかけた「難聴になってからの友人関係の変化」
について取り上げて下さってありがとう。
本当にこの事については、ず〜っと考え続けていました。
永遠のテーマですね。

みみべ〜さんにしても、ぷーどるさんにしても、考え方が
潔いな!と感じました。
そう、自分にとってストレスになることはやめちゃえばいいんだ、と気がつきました。
そんなに過去の友人にこだわらず、今いる友達を大事にしていればそれでいいんだと思えるようになりました。
今まで集団の中に入ると全く聞き取れず、聞き取れる言葉と前後のつながりで推理して、返事をかえすということをしていました。相手にしてみれば、返事しているんだから
ちゃんと聴こえてるんだろうということになりますね。
でも「えっ?」と聞き返したとしても、聞き取れないし、
聞き返すのも2回が限度だし、それで消化不良のような状態になって、もやもやがたまっていくのです。

ひとりでいて感じる孤独より、集団の中にいて感じる孤独のほうがどれだけ寂しいことか。

失聴して人工内耳の手術を受け、かれこれ5年以上経つというのに、健聴者から難聴者への過渡期が今のような気がします。遅!
  • ナオ
  • 2010/03/10 11:21 AM
ぷーどるさん。共感していただけてよかったです。

>自分にストレスがかかるお付き合いは、自然と「一抜け」していってます。
これでいいんだと、私も思います。
ストレスかかってまで会う友情って、なにかどこかおかしいですよね。


>失聴時、複数で筆談しながらおしゃべりしてくれるお友達って、いいお友達をお持ちですね。
ほんとそうです。ってここは謙遜したほうがいいのかもしれませんが、
この友達がいなかったら、外出したり、人と話したりすることを避けて
暮らしていたと思うので、いい友達だな〜と自分にはもったいないくらいだと
感謝してます♪

でも、ぷーどるさんも素敵なお友達をお持ちじゃないですか!
>「そんな辛い事言わないで〜、筆記だってなんだっておしゃべりできるじゃない、また会ってね」と言ってくれました。
こんなセリフを言ってもらえてますもん。
そう言われると、また会いたくなっちゃうので、また悩むわけですが…。
実際は疲れるから会わないとしても、お互い嫌いで離れるわけではないため

>そのときそのときの状況に合わせてやっていけばいい
というのが、理想的なのかなって思います。


書いてて思ったのですが、これってなんだか、
恋人同士が自然消滅するときに似てますね。
嫌いになったわけでもないけど、ただお互いの環境が変化して、
自然と疎遠になっていく。

縁があれば、またくっつくさ!みたいな。


あ。最後になりましたが、私も、ぷーどるさんは大切な友人です。
ここやあっちで、たくさんの友人ができて、本当に幸せです。
西さん、サイト拝見させてもらいました!

すごいですね。あれだけ才能。尊敬の一言に尽きます。

>自分を取り巻く友人や仕事の環境がいかに恵まれているかを実感
しています。
感謝しなければと改めて強く感じています。

素敵なご友人や、仕事環境なんですね。
きっと本当にいい環境なのだと思いますが、
マイナス面に目を向けるのではなく、プラス面を素直に受け止められる西さんの感受性が素敵だと思いました。
ナオさん。ちょうどずっと考えていて、いつかは考えをまとめたかったので
いい問題提起でした。ありがとうございます!

きっと、ナオさんはすごく優しい人なんですね。
優しすぎるから、ストレスがたまっていても我慢しちゃうのかな…と感じました。


>ひとりでいて感じる孤独より、集団の中にいて感じる孤独のほうがどれだけ寂しいことか。
これは、聴覚障害になってから常に抱えている悩みです。正直、辛いです。
不思議ですね、周りに人がいるほうが孤独だなんて。

でも捨てることのできない荷物なので、うまく付き合っていくしかない。
難聴も、病気も、どうしようもないことだから、
どうにか、「諦める」「受け入れる」方向に持っていくようにしています。
こうやってブログに思いを吐き出して、共感してくれる人がいるだけでも
私は少しは孤独が薄まっているのですが、ナオさんはどうですか?
ここに思いを書くことで、ちょっとでもスッキリしてくれたら嬉しいのですが。

消化不良のもやもやが溜まっていく描写が、もう本当に首が千切れるほど
うなづいちゃいました。
でも、溜めこんじゃダメですよ。貯めるのはお金だけにしてください(笑)


>健聴者から難聴者への過渡期
これは人工内耳を付けている限り、もしかして終わることがないのかも…。
ろうの選択をしたAyamiさんの気持ちもわかります。

でも、聾ではなく、難聴者の世界を選んだのは自分の判断ですよね。
聞き取りにくいからって、人工内耳の機会を外しませんよね。

少しでも「音」のある世界を取り戻したくて、
幸いにも手術の条件も揃って、
無事に人工内耳手術に成功した。
だから、歪んだ音でも、人と違った音でも、
それが私の「耳」なんだから、自分の選択したことだから、
堂々と「難聴者」として生きていけたらいいな。と、私は思ってます。

だから悩みや苦しみもぜ〜んぶ含めて、「聴く喜び」なんじゃないかと。
もちろん、聞き取りが困難な故に生じる精神的苦痛は変わりませんが、
元々全く聞こえなかったんだから、少しでも聴こえてラッキーって方向に
考え方が変われたら、幸せですね。


偉そうなことを言ってしまいましたが、
相手とうまくコミュニケーションが取れなくて凹む時、
上に書いたことを自分自身に言い聞かせて、ハッパかけてます。


それはそうと。今、過渡期というのはいいことなんじゃないかな〜と。
ずっと今まで溜めこんでた5年分の気持ちを表にだせたのが、
もしかして、今?!

この先、ずっと溜めこんでたら、いつかパンクしてしまったかもしれません。
他の方の悩みに触発されて、いい具合にガス抜き出来てるのかもしれませんよ!


これから私も最低5年は過渡期だと思います。
一緒に悩んで、いえ、ご指南いただけたら幸いです。
見捨てないでくださいね!よろしくお願いします♪
はじめまして。
ぷーどるさんが縁で遊びに来ました。
まだ全部目を通していないのですが、この記事に目がとまったのでコメントしてみます。

私は単なる感音難聴なので、耳鳴りがあるものの体調に直接関係ないです。手帳6級を2009年4月に取得しました。

フルタイムで働いていて、4歳と7歳の息子がいます。

私はネット上あちこちで弱音吐いてますが(笑)、実生活では「強い人」だと思われているようです。強い人を演じてます。疲れ切って、夜はぐったりです。

古くからの友人とフェードアウトになるいきさつにとても共感を覚えました。

会いたくても、好きな人でもその人の声が私にとって聴き取りにくいと距離を置いています。残念ですが。

複数の人数で会うときは、相手に失礼かもしれないけど、聞こえたふりで通すこともあります。やはり私も聞き返すことで話の腰を折る必要はないと考えています。仕事と雑談は違いますよね。

またお邪魔しますね。
  • むささび
  • 2010/03/25 1:02 PM
集団の中にいる孤独。集団の中にいる悲しさ・辛さ。
ガキの頃から充分味わいました。
我が身を守るために一人で生きて行けたらとどれだけ考え動いてきたことか。
そんなこと不可能なのは分かっていたが、それでも少しでも社会とのつながりが少なくなるにはいかなる選択をすればいいのかを考えてきた。
その結果が今の仕事に繋がり、社会の中で許され生きさせて頂いている。
ただただ感謝あるのみです。

僕はそれなりに生きてこられた。
それなりにものつくり集団の中ではベテランと言われるようになった。
そして多くの知古も得たし先輩達にも頼られるようになった。
その立場を利用し、今 次の世代に今まで得てきた技術を伝えることをしている。
身体的障害を煩っていたとしても出来うることは必ずあるし、仕事をし給金を頂くという当たり前の社会参加が、実は人が生きていく上で最も重要なこだと思っている。

誰もが当たり前に、自らの意志で生きていく事が出来る社会。
誰もが当たり前に、生きたい所へ自らの意志で行くことが出来る社会。
誰もが当たり前に、自らの生き方を自ら決められる社会。
夢物語なのかもしれませんが・・・。
  • 西
  • 2010/03/26 7:58 AM
>むささびさん

こちらにも遊びに来て下さってありがとうございます!
歓迎しま〜す(*^^)v

難聴の原因が「膠原病」なので、そのことについても書きますが、
やっぱり生活していて不便なのは難聴のことです。
難聴で辛いこと、または良かったこと(少ないと思いますが…笑)
工夫していることなど、情報交換できたらうれしいです!


耳鳴りはけっこう困りものですよね。
うるさくて、余計に聞き取りづら〜い(+_+;)と、困ってます。
寝る前に気になったりした日には、もう寝れない…なんてことも。
もう一度、耳鳴りがない世界に戻れたらな〜んて夢想したりもします。


感音性難聴がありながらも、フルタイムで働いてらっしゃるんですね。
職場での周りの方の理解は、どうですか?
働きやすい職場だといいな〜って思います

そして、二人のお子さん♪
うちの息子と下のお子さんは同い年です♪
仮面ライダーダブルとゴセイジャーにはまってるんですが、一緒かな??



>>強い人を演じてます。
これ、すごくよく分かります。
強いフリして自分を奮い立たせないとどうしようもないだけなんですよね。
「仮面」を外した時くらいは弱音吐きまくりでいいと思います。
私もあーでもない、こーでもないと愚痴りまくりです(^^;)
そうやってガス抜きして、毎日がんばらないとですね!


>>相手に失礼かもしれないけど、聞こえたふりで通すこともあります。
やっぱりそうですよね。
人間関係円滑にするためには、こういうのも必要かな、と。
がんばって聞き取ろうと努力しても聞き取れなかったときは仕方ないですよね。

耳が聞こえている人でも、適当に話を聞いてる人もいるんだし、
聴こえたふりに対しては、あんまり罪悪感を持たないようにしています。
反省して、落ち込んで、なにか良い方向に転ぶならともかく、逆のことが多かったので。


ぜひ、また遊びに来て、いろんな話聞かせてください♪
>西さん

>>集団の中にいる孤独。集団の中にいる悲しさ・辛さ。
一人でいるよりも、自分だけが多数から外れてしまう辛さですね。
集団で孤独を感じるくらいならば、部屋に閉じこもっていたい。
そう思うことさえあります。
実際にそうしていた時期もありました。

それが子供の頃からずっと。
大変でしたね。
以前、掲示板に書かれた内容を読んで、胸が痛くなりました。
子供同士って、ときに残酷ですから、きっと色々あったんでしょうね。

でも、そんな環境の中で、くさらずに、自分の長所を伸ばしてこられたんですね。口で言うのは簡単ですが、なかなか出来ることではないと思います。すごいですね。


>>身体的障害を煩っていたとしても出来うることは必ずあるし、仕事をし給金を頂くという当たり前の社会参加が、実は人が生きていく上で最も重要なこだと思っている。

ただご飯を食べて、寝て、朝が来るのを待って…という生活だけではだめなんですよね、人間って。
誰かから必要とされたり、尊敬されたり、労働の対価を得たり…。
そんな欲求が障害者でも当然あるわけで、
働きたいと願う障害者が、みな当たり前のように働ける社会になるといいですね。
たとえ、夢物語であっても、そうであってほしいと私も願っています。


『片想い』東野圭吾 を読み終えて



どこに書こうかと悩んだのですが…。
「仲間・友達」は物語の大きな柱でもあるので、ここにしました。

みみべ〜さん、この本を紹介してくださり、有難うございました!
【何度も読む本】の棚に、バッチリ並べましたよ。
長編にもかかわらず、飽きるどころか、どんどん物語の世界に引き込まれちゃって。
読んだ〜って、感じです。


物語の展開などに触れずに感想を書くのは難しいのですが、読まれていない方のことも考えて。

ミステリー小説だから、さりげない伏線や予想外の展開を味わうのは、もちろんなんだけれど。
例えば、「白か黒」みたいに、便宜上ただ単に二つに分けただけで、現実にはそんなきっぱりと分けられるはずがなく。
その二つ以外のものは認めないってわけじゃないけれど、なんとなく居心地が悪い。
自分を持っているはずでも、些細なことでわずかに揺れ動いてしまう。
そして、かけがえのない時間を共に分かち合った仲間達が、自分のことを思って言ってくれた言葉や、行動が、さらに本当の気持ちをわからなくさせ。
せっかく固まりかけた気持ちを乱され、こんなにも悩むのなら、思い切って関係を絶ったほうが楽になるんじゃないか。
そんな心の葛藤を、ものすごく丁寧に描いていて、しかも、自分の思いと結びつく心理描写がいたるところに散りばめられていて。

特に印象に残っているのは、「男の世界」のあたりかな。
彼の秘密を知りながらも、彼自身がそのことを話すまで待っていようと決めた彼女。
お互いのことを思いながら、わずかにすれ違ってしまう心の哀しさというか、読んでいて、あ〜〜〜って叫びたくなるぐらい、いじらしくて。
題材は違っても、根本的なことは、難聴が引き起こす悩みと似ている気がしました。

みみべ〜さん、この本を教えてくれて、本当に有難う!
この本を読み終えたあと、重松清『舞姫通信』(新潮文庫)を思い浮かべました。
この本は、高校時代から数え切れないぐらい読み返している本です。
読後感が良く似ています。
ぜひぜひ読んでみてください。

誰かから教えてもらった本を読むと、知らない世界に出会えますね。
みみべ〜さん、もっともっと推薦図書を教えてくださ〜い(^-^)/

長々と、ごめんなさい。
でも、お礼と感想だけは伝えておきたかったので。
  • Ruisui
  • 2010/04/04 9:56 AM
>Ruisuiさん
遅くなりまして、誠に誠に〜申し訳ありませ〜んっ!

ちょっと今までと違う働き方を始めたのですが、
それがかなり忙しくて、自分の時間がとれなくて…。

家でパソコンを開くと、
「ママ、家でお仕事しないで…」なんて言われてしまったり。

そんな息子が今日は熱を出してしまったので、
仕事を休み、薬で寝てくれてる間にこうやってパソコンを開いてるのはすごく皮肉な話ですが…。

さてさて。
「片想い」読んでくださってありがとうございます!
きっと本に書かれてる心の機微を組んでくださると思っていたので、嬉しいです。

難聴について取り上げられてはいないのですが、
白でも黒でもない立場の取り上げられ方や、
すれ違ってしまう心。
誰が悪いとかいいとかではなくて、う〜ん、いじらしい、むずかしいという世界の話で
面白いですよね。

長い本ですが、うまく描かれていると思います。


誰が誰に対して「片想い」?
なんて推理するのも楽しいですよね。

「舞姫通信」ですね。メモメモ。
私も読んだら感想を伝えま〜す!

ちょっくら時間がかかりそうですが、
待っててくださいね!
  • みみべ〜
  • 2010/04/16 3:31 PM
はじめまして。突然のコメント失礼します。
難聴者です。
辛いことがあり、ここにたどり着き、こちらのブログを読ませていただいて。うん!うん!うなずいて。ちょっとだけ元気をもらいました。

口に出したことはないですが、心で自分が思ってることか書いてあり、1人じゃないんだと。

突然コメントしまして失礼しました。
  • K
  • 2016/03/04 3:40 PM
Kさん

コメントありがとうございます!
お返事が遅くなってごめんなさい。

Kさんがちょっとだけでも元気になれたなら嬉しいです♪

難聴者の辛さは、やはり難聴者にしか分からないと思います。
聞こえない・聞こえにくい・コミュニケーションがとりにくい…ということがこんなにも辛いとは、健聴の頃には全く思いもよりませんでした。

私は難聴歴=人工内耳歴で、
難聴へのとまどい=人工内耳へのとまどいでした。

はじめの頃に感じた、周囲や自分に対する怒りやいらだち、悲しさは、いつのまにかとても小さくなっていました。

もちろん、あるにはあるのですが、「聞こえないのは仕方ない。どうすればお互いに嫌な思いをせずにコミュニケーションがとれるのかな」ということを考えるようになっていました。

ようやく障害者の自分を許し、認めてあげられたんだと思います。

誰だって、なんでもできるスーパーマンになりたい。
でも、そうじゃないから、ヒーローとして描かれるんですよね。

みんななにかしらコンプレックスがあったり、
人に言えない悩みがあったり、
生きづらさを感じたりしてて。

それぞれの方法で解消したり、
悩みを抱えつつも毎日生活をしてて。


難聴者は、他の人のようにおしゃべりでストレス解消しにくい面があって困るんですが(笑)

それでも、話せる人がいたら、心の掃除だと思って話してスッキリしたらいいと思います。


あんまり更新しなくなってますが、
どうぞ心の内に溜め込まず、何かあったら話してくださいね♪


一人じゃないですよ(^^)
  • みみべ~
  • 2016/07/03 7:43 PM
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